ほうわ

み教えに学び自分自身をふりかえります

光に遇(あ)う

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ほうわ




「パーン」

乾いた音が響いたのは昭和40年月7下旬、夏休みが始まってまだ間がない快晴の日の午前中でした。私が小学校年6生の時のことです。もともとのんびりとした性格であり、夏休みの宿題は8月末になってからするものと決めていたので、楽しい計画を胸の中にいっぱいふくらませて長い夏休みを迎えました。

当時の私は巻玉の火薬を使ったおもちゃの鉄砲で遊ぶのが好きで、その火薬の部分を集めて祖母からもらった薬の小瓶に詰めていました。まさにその瞬間です。瓶が爆発したのです。

人生が変わる瞬間でもありました。

目の前が真っ白になり、その後は断片的なことしかおぼえていません。楽しいはずの夏休みは50日近くの入院生活となりました。左の手で瓶を握りしめていたので、手のひらにはガラスのかけらがいっぱい突き刺さりました。100針ほど縫ったと思います。

ガラスは左眼にも入り視力を失いました。右眼の視力も徐々におち、夜寝るときには豆電球をつけないと不安でした。もし目が覚めたとき周りが真っ暗だったら・・・。その時以来、光の不思議さを思うようになりました。

光があるということは当たり前のことではなかったのです。

中学生・高校生になると、視力を失ったという身体的な悩みから、精神的な悩みに変わってきました。スポーツ、特に動きの速い球技は距離感がつかめず苦手になりました。劣等感といってもよいと思います。

周囲の目を避け小さな殻に閉じこもろうとする、自分自身に対する言い訳も多分にあったとは思いますが。しかし、その思いは単にスポーツが苦手であるという以上に、私自身が生きていることの意味そのものを決めるような重みをもって、私の心を押しつぶそうとしました。その思いを払拭するには長い年月が必要でした。
 

浄土真宗のみ教えを聞く中で少しずつ気づいてきたことは、太陽や月の光のように肉眼で見える光だけではなく、心の深い闇を照らす光があるということです。劣等感の背景には人の命そのものを優劣に分け、優れた人が勝者で劣った人が敗者であるという自己中心の〝ものさし〟があったように思います。

その〝ものさし〟で自分を卑下し傷つけていました。自分だけではありません。知らないうちに周りの多くの人も傷つけていたことでしょう。かけがえのない命を恵まれ、生きていること自体に素晴らしい意味があるはずなのに。

それに、よく考えてみれば見えない左眼も私の大切な身体の一部分でした。「ありがとう」とお礼の一言も言ったことはありませんが。それも「役に立つ」「役に立たない」という〝ものさし〟に縛られていたのかもしれません。
 
また、今までは自分の痛みしか考えていませんでしたが、親も痛みを感じていたことでしょう。「お父さん、泣いていなさった」とご門徒の方から聞かされたのは30年以上もたち、両親が浄土に往生した後のことです。

後で母に聞いたことですが、父の晩酌の酒量が少し増えたのもそのころからのようです。また、病院で共に眠れぬ夜を過ごしてくれたのは母です。ずっとそばにいてくれた両親や家族。親の気持ちが分かったのは私自身が親になってからのことです。

思い返すと家族以外にも多くの方の支えがありました。鯖江の病院に連れて行ってくださった近所の方。眼科の病院から外科の病院まで背負ってくださった小学校担任の先生。京都の大学病院には親戚やご門徒の方の同伴で行くことができました。

また入院のため修学旅行に行けず、思わず出たため息をそっと聞いてくださった病院の看護師さん。お見舞いに来てくれた親戚の人にも慰められました。その他にも退院後温かく迎えてくれた友人。迷惑をかけ通しだった高校担任の先生。そして、多くのご門徒にも心配をかけました。

自分一人が重荷を背負っているつもりでいたその気持ちの傲慢なこと。心に痛みを感じているのは自分一人だけではありません。

人はそれぞれ生きていることの痛みや悲しみをかかえているのだと思います。

阿弥陀如来の慈悲心をいただくということは、人の悲しみに寄り添い、温もりを共有できる開かれた心を持てることではないでしょうか。遠い記憶の中でジグソーパズルのように断片化していた周りの人との関係ですが、互いに支えあう温もりの心で繋がっていたような気がします。

煩悩という深い闇の底に潜んでいるのは、自分を是とし他人を非とする自己中心の〝ものさし〟です。闇があることに気づきもしない私たちの無明の闇を照らしてくださるのは、阿弥陀如来の光明です。その光に遇ったとき自身の本当の姿が明らかになり、歩むべき人生の方向を知らされます。

智慧の光明につつまれた人生の歩みは、もはや行き先の定まらない迷いの人生ではありません。自他を傷つける〝ものさし〟や人の悲しみに目を背ける閉ざされた心から解放され仲間と共に歩む道程です。

私たちは様々な悩みを抱えたまま阿弥陀如来の大きな願いにつつまれて、浄土に往生し仏になる命を今確かに生きています。私一人だけでなく、すべての命を照らし護ってくださる光でありました。              

浄土真宗福井教区 教区報『アミタ 2009(平成21)年号』に掲載

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